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中屋万年筆は、1999年に創設された万年筆メーカー。万年筆職人として同社の母体、プラチナ萬年筆の製造工場に40年以上勤務してきたスペシャリスト集団である。プラチナ万年筆の発祥当時の「中屋製作所」という屋号を冠して、万年筆の軸の削り出しから漆塗り、ペン先調整まで、“一本ずつ完結した万年筆づくり”がなされている。そこには、長年培われてきた職人技術を伝承してゆくことを目的にした職人の魂が息づく。
中屋の万年筆には輪島漆塗りに加えて蒔絵、ブライヤーなど目的や好みによって様々な素材の軸が用意されており、なかでも溜塗(ためぬり)を施した万年筆は、漆の重ね塗りで、本塗りした上から生漆を重ねることで下地が表に浮かんでくる仕上げを指す仕様。谷崎潤一郎の「陰影礼賛」の中で“漆の艶というのは闇の中、行灯やろうそくの光でぼんやりと照らされた空間でその本領を発揮する”とあるように、鈍くも艶めかしく光る様は実用的でありながら工芸品としての美しさを併せ持つ。
職人の一人、松原功祐氏は万年筆の軸に用いられる”エボナイト”を加工する轆轤(ろくろ)職人(御年83才)。旋盤が縦に付いた昔ながらの足踏み式の轆轤を熟練の感で操作し、ネジを切っていく。キャップのネジは、1本のネジに4本の溝を切ってある「4条ネジ」というもの。通常の1本のネジに1本の溝が切ってある「1条ネジ」と比べて、4倍の速さでネジを巻き上げられる構造になっている。「道具を自分で作らないと仕事にならない」と、加工の際に使用する道具も作業効率をよくするために手作りしたもの。こうしたエボナイトの成形は、轆轤(ろくろ)一筋に磨き上げられた松原氏による技術の賜物であり、探究を止めることなく日々進化している。
万年筆の魅力は「書き味」にある。人により好みは様々だが、その書き味を支えるのがペン先。万年筆のペン先は、ペン芯によって流れてくるインクを切割りに引き継いでペンポイントへ送り、さらに紙に接触して文字を書く、万年筆でも最も重要な部分。滑らかな書き味には、適当な弾力とペンポイントの滑らかな丸みが必要で、これが万年筆の命なのだ。
同社デザイナーであり、ペン先調整のスペシャリスト、吉田紳一氏は、その一つひとつを所有者の持ち方、書くスピード、ペンの寝かせ具合、利き腕などの情報を記した「筆記カルテ」を基に研ぎ澄まされた感覚で磨いていく。精緻な作業によって調整されたペン先は、筆記者に馴染み、思いに呼応するかのように滑らかに美しい弧を描きだす。
万年筆はその名前が示すとおり、長く使い続けることができる文房具。水で綺麗に洗い、乾燥させ、新しい色のインクを入れる。確かに手間はかかる。しかし、その手間すら楽しむことが“大人の男”の嗜みとなった時、それこそが万年筆最大の魅力となりえるのではないか。使えば使うほど、文字のトメ、ハネや濃淡の出方など、ペン先が自分の”書き癖”を覚えてくれ、より自分に最適な書き心地に”育って”いく。これは他の筆記具では味わえない感覚だろう。
個人のこだわりやアイデンティティを表現する。あるいは自分自身で再認識するアイテムとして、文房具を捉えるように。単なる消耗品ではなく、ビジネスツールとして、男の武器として、持っていたい。