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飴色と深い茶色のまだら模様が美しく、艶やかで味わいのある表情を見せる鼈甲(べっ甲)。昔から装飾品の材料として重用され、江戸時代には眼鏡のフレーム、櫛、かんざし、帯留め、ブローチなどに加工されて人々から愛用されてきた。特に、べっ甲の眼鏡は、非常に高級品ながら現在でも多くの愛用者がいる。
昭和31年創業の大澤鼈甲は、東京都から認定を受ける伝統工芸品・江戸鼈甲の一翼を担う老舗。近年、人気を集める「谷根千」として親しまれている、東京下町の情緒あふれる千駄木に店舗と工房を構えている。店舗2階にある工房では、同社2代目代表の大澤氏をはじめ、先代の頃より務める熟練の職人と次代を担う若い職人が一緒になって作業をおこなっている。
日本におけるべっ甲の歴史は古く、飛鳥・奈良時代にまでさかのぼる。庶民がべっ甲を身につけられるようになったのは、長崎で貿易が盛んとなる江戸中期に入ってからのこと。原材料であるウミガメの一種”タイマイ”の甲羅を加工して作られるこの装飾品は、「斑(ふ)」と呼ばれる柄の中に、アメ色の部分が多い物ほど高級とされ、淡い黄白色の輝きを持ち、その美しさと肌触りの良さから、人々の間で大切にされてきた。
プラスチックとちがい、タイマイの甲羅は人間の爪と同じ成分、たんぱく質でできている。そのため人肌となじみが良いのが特徴のべっ甲眼鏡。高価だが、そのかけ心地の良さから多くの人々に愛用されるのもうなずける。
また、大切に使えば世代を超えて長く愛用できるのも大きなポイント。欠けてしまったり、表面に傷がついてしまったとしても、職人の技により修復が可能であるからだ。江戸べっ甲はまさに、良いモノをつくろいながら長く使いつづけるという、日本人本来の文化を体現する伝統技術なのだ。
べっ甲の加工には、熱と水が欠かせない。べっ甲は1枚では薄く、厚みや熱への耐性などに個体差があるため、切り出してから何枚か張り合せていかなければならない。一つひとつの柄のバランスを職人が感覚で調整しながら「がんぎ」と呼ばれる道具で削り出して、見栄えよくなるよう張り合せていく。べっ甲独特の美しい模様は職人の繊細な感性によるものでもあるのだ。熱した鉄板にお湯をかけ、その水蒸気でべっ甲をやわらかくし、高温で圧力をかけることで張り合せたべっ甲同士をつなぐ。一度熱で圧着されたべっ甲同士は、剥がれてしまうことはないのだそう。そして1つのパーツとなったべっ甲の表面を、小刀やヤスリをかけることで形を整え、光沢が出るまで磨き仕上げていく。こうして手間暇をかけ、継ぎ目のない美しい仕上がりの眼鏡ができあがる。その緻密な工程から1つの眼鏡が完成するまでにおよそ3日間要するそう。
職人には素材に対する深い理解と熟練した手技が求められる。大澤鼈甲では、熟練の職人と若い職人がともに活躍しており、技を受け継ぎつつも時代感覚に合ったものづくりが常におこなわれている。
また、電子工作機械を導入することで、ミリ単位での削りやカッティングができ、人の手では難しい細かく正確な作業ができるようになったほか、品質を維持したまま一定数量を作り上げる役にも立っている。ただし、曲げなどの繊細さを要する工程は今でも人の手でしかおこなえない部分。
そういった意味でも、ものづくりには、携わる人の感性が現れるもの。大澤代表の、固定観念に捉われない、それぞれの工程でベストな方法で取り組む柔軟な姿勢は、若い職人にとっても、信頼できる環境で学ぶ励みになっているであろう。
時代は変わっても庶民の憧れであり続ける“鼈甲”。しかし、現在はワシントン条約により世界的に商取引が停止されているため、それ以前に輸入された原材料が尽きれば、伝統工芸としてのべっ甲の歴史は途切れることになってしまう。現在、この伝統工芸を守るべく、タイマイの養殖プロジェクトが進行中だそう。古来から続く伝統を継承し、守っていくためにもプロジェクトの成功を期待したい。
自然な光沢ある艶と色合いは本物のべっ甲でしか味わえない。一度手に取ればその良さは伝わるはずだ。大澤鼈甲のフルオーダーメイドで自分だけのオンリーワンを手にしてみてはいかがだろうか。