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台東区浅草。東京を代表する下町のよき風情が残るここに、革製品を手掛ける万双の工房がある。革製品メーカーとして、創業以来、適正な品質の鞄を適正な価格でお客様にお届けすることを信条とし、皮革品質の追求、技術の追求をおこなってきた同社。知る人ぞ知る、革製品の本格志向ブランドだ。
インターネット販売を主にし、店舗は東京と神戸の2店のみ。卸をしない理由は、直販でなければ、適正な価格で販売できないから。通常、製品には製造元やブランドがわかるロゴマークが入っているものだが、「製品がお客様の手元にわたった時点でその鞄はお客様のもの」とし、万双の製品にはブランドロゴが入っていない。
しかし、アイコンとなるものはその仕様にある。整然と刻まれたステッチ、膨らみのないカードポケット。ひとたび手に取れば、一切の無駄を削ぎ落としたシンプルで美しいデザインが際立つ。製品から立ち込める佇まい。それは「気品」そのものであり、厳選された天然革のみを使用し、徹底して職人が手作業で仕上げることにこだわったそれこそが”万双”の製品であることの証なのだ。
その類まれなる美しさを可能にしているのは、革に対する職人の情熱に他ならない。革の良さはもちろんのこと、独自の改良を施したミシンで一針一針刻まれていくステッチは、1cmに4目という非常に精緻な仕業。ミシンに使用する菱針を極限まで研ぎ澄ますことにより、縫い目がシャープになり締まりを良くし、縁に施される”ネン”は補強の意味もあるが、額縁のように革の表情を引き締めてくれる。
革製品を見る際、コバ(革の断面)を見ればその仕事ぶりがわかるというが、革の接合面が分からない一枚革のように仕上げられたコバは、手間を惜しまない情熱・経験・技術に裏打ちされた職人の丁寧な仕業が伝わってくる。
製品は修理にも対応しているのだが、万双ではそれを作った職人に戻すのだそう。製品に番号がついているわけでもなく、ステッチの柔らかさや、ネンを当てる角度などで誰が作ったか見分けがつくのだとか。一見すると分からないが、そんなところに職人の個性が表れているのかと想い改めて見てみると、一点一点に宿るその心意気を感じずにはいられない。
革は、身につけていくうちに、皺や傷が刻まれみるみる表情が変わっていく。あえて万双がブランドマークを製品に刻まないのも、持ち主が生きた軌跡が革に刻まれていくから。共に過ごした分だけ深く色づき、何ものにも代えがたい愛着が生まれていくのだ。